来るべき時代の予兆だろうか?

2011.05.26

皮肉屋の中には、こうした沈滞を贅沢の終焉として、果てはファッションそのものの死として解釈した者もいた。つい数ヵ月前までは、ロゴだらけの服や、グッチやフェンディといったイタリアのファッション・メゾンのありがたい高級ハンドバッグ、巨大な旗艦店群、一世を風靡したマノロ・ブラニクの靴といったものたちの天下だったのに。贅沢なものが消えていくことなんて、想像もつかなかったのに。まるで、もうファッションに肩入れしたい者など誰もいないような雰囲気だった。世界の一流デザイナーの中には、ファッションの現状に対して嫌悪感を露わにした者もいた。二〇〇二年一月、ジョルジオ・アルマーニはイタリア各紙にこう宣言している。「言っておくけど、贅沢ってやつには虫唾が走るね……この世界は偽物だってことを、若い人たちにわかってもらいたい。デザイナー・バッグがなければ自分の存在価値はないと思い、それを手に入れるために売春したり盗みを働いたりする。そんなのバカげているって、ちゃんと気づいてほしいんだよ」。二〇〇二年の初めに六五歳で引退したイヴ・サンローランは、それに先立って『パワーマッチ』誌のインタビューを受け、アート性よりも商業性を優先する現代ファッション界に苦言を呈している。「僕自身には、ファッションの新世界との接点は何もないね。ファッションは単なる見掛け倒しに成り下がってしまい、エレガンスと美とはどこかに追いやられてしまった」。彼は、ずいぶん前からジョン・ガリアーノやジャン=ポール・ゴルチエといった派手な若手にジャブを浴びせてきた。一度など、彼らの仕事を「コンサート・ステージ向きのアホらしい見世物」と切って捨てたこともある。でも、ファッションの葬送歌を歌うのはちょっと待ってほしい。