壮士演歌と書生節について

2012.02.01

アメリカ南部で黒人たちがブルースを歌いだしたのが、日本でいえば明治の中頃から後半にかけて。自由民権時代、日本の都市のストリートでは、勇ましい格好をした壮士らが、毛嬬を出し、ゲンコツを振りかざして壮士演歌というのを歌っていました。演歌といっても昭和の演歌とちがって、演説の歌という意味です。((ダイナマイトどん)または(ダイナマイト節)、演歌壮士団作詞・作曲、1887)という歌は、たとえば「コクリミンプクソーシンシテ、ミンリョクキューヨーセ」(国利民福増進して民力休養せ)という自由党のキャッチフレーズを叩きつけ、「もしもわからなきやダイナマイトどん!」と、歌詞はほとんどパンクロックの過激さですが、節の方は、明治のはじめに(書生節)♪「書生書生と軽蔑するな、フランスのナポレオンも元書生、ヨサコイ、ヨサコイ」としてリバイバルした(ヨサコイ節)(安政年間ヒット民謡)の焼き直し。

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もっとも(ダイナマイト節)は勇ましい歌ですから、都節にはなりません。♪「民権論者の涙の雨で」というくだりは、「……ドソドミレードラソ」と律音階で長調のように歌いました(なお書生節は大正初期から日華事変のころまで、レコード盤として出ていて、そのいわばべスト盤が大道楽レコードから『街角のうた卜書生節の世界』のタイトルで出ています)。往時の日本のストリート・ミュージックはそんな感じであったわけです。明治初年の兵隊さんは歩きながら♪「のーげの山からノーエ」とやっていました。メロディの入りがちょっと西洋っぽいですが、すぐに「のーげのサイサイ」と民謡テトラコルドの合いの手が入る。「文明開化」したくらいで、民族のうたはそうは変わりません。