平安時代に、男性としてははじめてひらがなで書かれたという、紀貫之(八六六〜九四五)の『土佐日記』があります。貫之が任地の土佐(高知県)から和泉の国(大阪府)を経て帰京したときの日記ですが、その中に、「手の爪は丑の日に、足の爪は寅の日に切るとされている」と記していますから、道中では十二日に一回まわってくる丑の日に手の爪を切り、二まわり(二十四日毎)の寅の日に足の爪を切ったのではないかと考えられます。言い伝えでは丑の日も、寅の日も切っては良くないとされていますから、俗信とはずいぶんいい加減なものです。白隠禅師(一六八五〜一七六八)の『毒語注心経』という書物は、『般若心経』を注釈したものですが、このなかで「灯火不截爪(灯の下で爪を切ってはならない)」と、戒めています。これは「凡人の日常的な知恵や思い込みが、かえって自分を傷つける」ということで、「爪を切るように、自分の持つハサミ(智恵)で自分を傷つけるようなものだ」ということを言っているのでしょうか。