若年雇用政策の沿革

2012.01.14

英国では一九七〇年代に入って、経済情勢の悪化を背景に若年雇用情勢が急速に悪化した。このため、七三年に「雇用及び訓練法」が制定された。そのなかで設置されたマンパワーサービス委員会は、政・労・使と地方自治体の四者から構成される、職業紹介・職業訓練の運営を行う機関である。設立後、長きにわたって英国の雇用訓練機関として機能することになった。七九年に誕生した保守党サッチャー政権は、規制緩和、民営化の方向を打ち出した。

[参考]
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そのため、八〇年代初めには若年層を含め再び雇用情勢が悪化した。サッチャー政権は、これまでのような需要刺激策ではなく、職業訓練を重視する政策措置を積極的に展開した。八三年に制定された「若年者訓練制度」もそうした政策の一環として取られた。これは、十六〜十七歳の学卒者を対象に、職業訓練を提供する制度である。訓練期間は当初一年間であったが、八九年からは二年間に延長された。対象となる若年者に訓練手当が支給されるほか、この制度に協力する雇い主・自治体・ボランティア団体に対して助成金が支給される。この制度は、九〇年「若年者訓練」と名前を変え、中級レベルの技能を習得させることを重点とした政策へと受け継がれた。また、マンパワーサービス委員会に代わる組織として、「訓練および企業委員会」(TEC)が創設された。TECは、政府の委託契約のもと、各地域の実情にあった職業訓練プログラムの運用を行う機関として、今日も機能している。