“世間並み”で何でも事を運ぶ日本人の悪い癖

2011.06.06

私の話になるが、一人娘が結婚したとき、私の夫の母は九十歳。孫の結婚式に、もうあまりにも高齢だからというので出なかった。私は娘の祖母、私には姑に当たるひとに、ぜひ娘の振袖の晴れ着の姿を見せたいと思った。そこで娘の夫、そのお母さんの了解を得て、今夜はホテルに二人で泊まるはずになっているのだが、「すみませんけれど、このまま家へ連れていっておばあさんに一目見せたいから」とたのんでその夜、ホテルには婿と一緒に泊まらせなかった。こういう例はきっとあんまりないと思う。幸いに相手がそれを許してくれたのを、今でも感謝している。それから、次男が結婚したときは、新婚旅行は両方の先祖のお墓にお詣りさせ、二人とも釣りが好きなので、帰りに日本海のある港町にいって、思う存分に釣りをたのしんで帰って来た。釣りあげた魚は海に戻してやったという。日本人の中には、一つの標準があって、それを守らないと世間並みでないと卑下してみたり、恥ずかしがったりする傾向があるが、それは一つの欠点ではないだろうか。新婚旅行にお墓詣り。すぐひとがどう見るか、ひとにどう思われるかということが先で、自分たちの都合の良い事をするというのは遠慮して控えてしまう。日本人は群れとなると強いけれど、一人となると弱いとよく言われるのだが、いつでも相手に合わせて行動し、自分の考えを貫かない。「自立、自立」という言葉が言われるけれど、結婚式に限らず、ひとのすることと同じ事をやっていれば無難であるという、消極的な姿勢はだんだんに減らしてゆきたいと思う。結婚式なども本当に二人で考えて、今までとはちがうやり方でやってみたいと工夫したらどうかしら。人生というのは常に冒険をくりかえして、失敗して、そしてまた挑戦していくというようなことの積み重ねだけれども、結婚式のやり方も、ひとの迷惑にならないで、ひとに喜んでもらえるような形を作り出してみたら。ハリボテのケーキにナイフを入れるばかりが、二人の初仕事というのは知恵のない話だと思う。なお、新婚旅行も海外にゆくのが流行だけれど、海外の旅は馴れぬときは何かと気疲れがするものである、日本国内に歴史的に風景的におもしろいところはいっぱいある。私は海外の旅は、いつか子どもたちが大きくなってから二人でゆけばよく、新婚の旅は一ヵ所に二、三日落ち着いて、ゆっくり歩いたり、話し合ったりする方がよいと思う。それも遠い所でなく、家に近いところをえらんで。